MSB Premier HPA リアリティの先に見えるもの

 最近ちょっと余裕が無く、購入してから随分と間が空いてしまいました。
 その間に、MSB Premier HPAを聴きながら色々と感じた事をいったんまとめたいと思います。

 

1.Premier HPAやReference HPA(現在はDynamic HPA)の巷の評価

 様々なHPAのレビューの中でも、MSBのこの二つのアンプについては一際異彩を放っているという印象でした。
 機器が消える、どんなヘッドホンも支配下に置く(同じ音に聞こえる)、空間が広大で果てが無い、等など。
 人によって表現の方法は違いますが、とにかく尋常では無いという事は伝わってきます。
 しかし、ヘッドホン間にある音質差というものはかなり大きく、少なくとも私はアンプによってその差が埋まる事はない、と思っています。
 また、ヘッドホンリスニングにおいて、機器が消えるという感覚は非常に起こしにくく、極めて限定的な状況でしか起こらないという認識でした。
 そういったこれまでの私の認識が覆されるレベルなのだろうという事は想像できますが、では一体何がその根底にあるのか、要因は何なのか、という事が疑問でした。
 購入理由として、HPAとして私が望む機能を全て兼ね備えていたという事は以前書いた通りですが、上記の事が余りにも気になっていたことも背中を押した大きな要因です。
 そして現時点での理解として、圧倒的な情報量とそれがもたらすリアリティがその要因の一つなのでは無いか、と考えています。

 

2.録音と生音を分かつもの

 少々話がそれます(が、必要ですので)。
 これは他人と話したことが無いので一般的な感覚か分からないのですが、音を聞いた時に真っ先に起こる認識として、その音が「生音か否か」という物があります(勿論アコースティック限定ですが)。
 この感覚は結構強固で、スピーカーやヘッドホンの音質をかなり上げても、生音だと感じる程の音には滅多に出会えません。
 ハイエンド帯のスピーカー及び機器構成で音を聴いた経験は残念ながら無いのですが、少なくとも私はスピーカーで生音と間違うような経験が有りません。
 ヘッドホンにおいても、生音と錯覚する様な経験は極めて少ないです。
 恐らく私がPremier HPAを購入するまでに聴いた中で一番定評があると思われる構成は、あるイベントで聴いたマス工房model406S+final D-8000でしょうが、この構成ですらそんな感覚は全く起こりませんでした(少なくともその時用意されていた音源では)。
 これは、ヘッドホンという機器自体が持つ構造的な問題も孕んでいるでしょう。
 人は五感を使って外界を認識しており、何らかの刺激に対して主に対応する感覚は決まっていても、必ずしも単一の感覚で認識する訳では無いことがその理由です。
 音を感じる感覚は聴覚ですが、それだけでは無く触覚や視覚も大きく音の知覚に影響します。
 例えば定位が曖昧なスピーカーで音を聴いている時に、「定位がはっきりしないなあ」と思っていても、人がしゃべっている動画見るとしっかりと定位が定まったりします。
 これは視覚が聴覚に影響を及ぼした(脳内で補正した)のだと思われますが、これがヘッドホンにおいては非常に問題になると思うのです。
 何しろヘッドホンが常に肌に触れている状態のために、その触覚が「録音された音を聴く」という認識を常に引き起こすと考えるからです。
 その為に、いかにハイエンドと言われるヘッドホンにおいても生音だと錯覚させるような音を出すのは、極めて難しいと思っています。
 私はPremier HPAを購入する以前でもそれなりに質の高い構成を築けていたとは思うのですが、それでもそんな感覚は殆どありませんでした。
 特定のヘッドホンとアンプの組み合わせで、特定の音源を聴いた時に発生する場合があるという感じで、その確率はかなり稀です。
 何しろ、そのような感覚を得られる組み合わせに巡り合ったとしても、同じアルバム内の別音源ですら、同様の感覚は滅多に起こりません。
 トータルで見れば、体感的には余裕で1%を切るレベルです。下手をすると0.1%すら切っているかもしれません。
 だからこそそういう瞬間にとても高い満足度(感動と言ってもいい)を得られますし、何だかんだで決して安くない額をオーディオに投じてもいる理由の一つでもあるのです。

 

3.常識が覆る
 ですが、Premier HPAを導入し、足回りやケーブル類を整え、更にある程度エージングが進んで来ると、余りに異質な体験をすることになります。
 恐らく極めて多い情報量が要因とは思うのですが、生音のように錯覚するほどのリアリティを感じる割合が、文字通り桁違いに増えたのです。
 音源全体で言うと多分1%を超えるレベルで、ボーカルだけに限れば下手をすると二桁%代に乗るかもというレベルなんです。
 通常ならそう簡単に消えないはずの音源と自分の間にある断絶が、割とあっさりと消えてしまうように感じる。
 特に凄いのが、音にリアリティと説得力があるせいで、Premier HPAの音だとすら感じさせないほど自然に感じるという事です。
 恐らくこれが、「機材が消える」や「どんなヘッドホンも同じ音で鳴る」という音に繋がっているのではないか、と現在は考えています。
 Utopia、HE1000SE、THRORで聴き比べると、やはりそれぞれに違いはあります(少なくともPremierでは)。Utopiaは極めて精緻で、HE1000SEは広大な音場があり、THRORは勢いや力強さに秀でている。
 けれども、それぞれ単体で聴くと音に余りにリアリティがある為に、同じ音のように錯覚しそうになるのです。
 勿論他の基礎性能も、どれも極めて高いです。音の分離を含めた分解能、特定の色付けや脚色を行わない忠実性、音の立ち上がりと収束、空間表現の上手さ。
 しかしそれが余りに自然で、生音と錯覚しそうになるほどのリアリティを持って音楽が鳴るために、個別の性能に意識が行きません。
 ただし、そのことが意外な問題を引き起こす事にもなるのですが、それについてはまた別の記事で書きたいと思います。
 未だにPremier HPAを全て理解したとはとても言えませんが、それでもこれはヘッドホンオーディオの歴史の中でも、そうそう類を見ないレベルの傑作機と言っていいのではないかと思っています。
 PremierでこれならReferenceは一体どうなってるんだとも思いますし、一度でいいから聴いてみたいものだとも思います。

 

4.最後に
 私は、Premier HPAの音は質的な転換をもたらしたと言えると思っています。
 少なくとも私の認識では、これまでのヘッドホンアンプの延長線上にある音ではありません。
 元々が非常に高額な機器でしたし、現在では値上げにより更に高額になりました。けれども、私としてはその音を聴いてしまうと、その凄さに納得せざるを得ません。
 そして恐らく、これでもまだ全容をつかめてはいないでしょう。
 今後どのような発見があるかは分かりませんが、引き続きこの機種の可能性を追及していきたいと思っています。