C9はCayinから発売されている純アナログのポータブルヘッドホンアンプです。
入力は4.4mmTRRSと3.5㎜TRS、出力も同様に4.4mmTRRSと3.5mmTRSです。
非常に多機能で、ヘッドホンアンプモード(以下HPAモード)とヘッドホンパワーアンプモード(以下HPPAモード)、音色選択で真空管(Nutube)とトランジスタ、アンプ動作でA級とAB級、ゲインでHighとLowが選べます。
なお、ゲインでHighにすると入力電圧上限がLow時の半分になる点は注意が必要でしょう(詳しくは公式の仕様を参照)。これはLine in、Pre inともに同様です。
全ての設定の組み合わせを試すのは余りに組み合わせの数が多くなるので、アンプ動作はA級のみ、ゲインはLowのみでチェックしています。
また、音質レベルがHPAモードとHPPAモードで大きく異なります。その為、基本レビューはHPAモードに関して行い、HPPAモードはそれと比較する形で行います。
更に、機器の検証目的から、据置環境とも色々と組み合わせて試しています。試した組み合わせについては以下の通り(全てバランス入力、バランス出力)。
・N8 BB Line Out → C9 HPAモード
・N8 BB HP Out → C9 HPPAモード
・Lavry DA-N5(Fixed Out) → Jeff CORUS/PSU → C9 HPPAモード
・Lavry DA-N5(Variable Out) → C9 HPPAモード
・Lavry DA-N5(Fixed Out) → C9 HPAモード
合わせたのは全てヘッドホンで、総合的な性能を見る際はFocal UtopiaとKennerton THROR、駆動力の確認はTHRORとHIFIMAN HE-6、制動力に関してはこれら全てに加えてFostex TH900を使用しています。
【HPAモード】
帯域バランス
基本的にはフラット傾向ですが、高域にやや刺激的な音を出す帯域があり、そこが気になる人もいるかもしれません。
高域方向、低域方向への伸びはどちらも明確に壁を感じますが、価格とポータブル機という事を考えれば悪いとまでは言えないでしょう。
音場
音場の広さは横方向と縦方向に関しては広くも無く狭くも無くといった所、奥行きに関しては少々厳しくやや平面的な鳴りです。
ですが、価格帯やポータブル機という事を考慮すると十分健闘していると言えるでしょう。
定位に関しては明瞭で、ビシッと決まるという程の合い方こそしませんが、全く不足は感じません。
分解能
音を分離する能力は高く、基本的に音が混濁するようなことは有りませんでした。
ですが、情報量については明確に欠けている部分がある印象で、特に微細領域については結構厳しいです。
これは、上流にDA-N5を合わせた際でもあまり印象は変わらず、C9単体で欠損している情報が多いです。
特に音色の描写、音と音の間の情報(空間の周辺情報)が厳しいです。
Nutube駆動にするとその辺りがやや改善しますが、その分雑味が増え背景が騒がしくなるので明確な解決策ではありません。
何を重視するか、あるいは音源との相性によって使い分けが必要だと感じます。
音の描写
基本的にはニュートラル寄りな暖色傾向で、どちらかというと力強さを感じる音です。トランジスタ駆動だとよりニュートラル傾向、Nutube駆動だと暖色寄りになります。
分解能の所でも書きましたが、音色の描写に関しては削がれている情報が結構多いと感じます。
流石にN8 BBよりも悪化することは有りませんが、この点に関して言えばそこまで優位であるとも感じません。
とは言え、総合的に見れば流石にC9の方が優位だと思いますが、帯域バランスの所で述べたように高域に癖があると感じるので、この部分を駄目に感じる人もいると思います。
駆動力
基本的に駆動力は非常に高く、ヘッドホンの中で能率が最悪の部類であるHE-6であっても、Lowゲインですら問題なく駆動します。
但し制動力に関してはやや劣る印象で、ふらつきを感じたり音源種類によっては音像が膨らみすぎたりすることがあります。
しかしながらそれはあくまで据置の中でも負荷が重い機種や扱いが難しい機種を駆動した時の話で、ポータブル機だという事を考えれば極めて高い駆動力・制動力を持っていると言えるでしょう。
まとめ
いくつか気になる面はあるものの、製品の価格とポータブル機という事を考えれば、非常に性能が高くバランスよくまとめられている機種と言えるでしょう。
DAPオンリーの状態に追加して使用する事を考えた場合、現状存在するほぼ全ての機種に対してステップアップと感じる事が出来ると思います。
最上位機種の一部では完全な上位互換とは言わないまでも、最低でも同クラスの違う特性を持った機種というレベルに収まるでしょう。
純アナログのアンプの為仕様老朽化し難く、比較的長い期間使えるという点も魅力だだと言えます。
ポータブル機として考えれば大きく重くまた発熱もありますが、それがあっても使いたいと思わせる実力があります。
ですがやはり「ポータブルとしては」という範疇を出るものでは無いので、HPAモードでは据置も兼ねるのは少々厳しいでしょう。
入出力端子の仕様からケーブルが制限されるもしくは自作が必要となる事、給電しながらの使用が厳禁である事なども不利になります。
その辺りは据置運用も考慮されているA&KのACRO CA1000T等とは明確に性格が異なる点です。
【HPPAモード】
このモードの音質レベルが極めて高く、はっきり言ってHPAモードの音とは完全に別物です。
まず帯域バランスに関してはほぼフラットとなり、音質基調もほぼニュートラルと言えます。特にトランジスタ駆動に関しては機種独自の音質基調があるというよりは、上流への追従性が高いタイプです。Nutube駆動にするとやや暖色寄りになるのはHPAモードと同様です。
この上流への追従性が高いという性格は帯域バランスにおいてのみではなく、ほぼ全ての項目において言える事でもあります。
高域方向、低域方向共にHPAモードで感じた壁はほぼ感じなくなり、しっかりと伸びていると感じます。高域の癖も解消され、全帯域において引っかかりを感じる部分が殆どありません。
音場に関してはDA-N5やCORUS/PSUを組み合わせた際もそこまで広がる感じは有りませんが、奥行き方向が大きく改善され音場の形状や立体感がかなり改善されます。
定位に関しても安定感が増し、特にCORSU/PSUが入っているとかなり正確に焦点が合っていると感じます。
分解能に関しては元々分離能力が高かったのでその部分はそこまで変わりませんが、情報量(特に微細領域)が劇的に改善されます。
音色の描写に関して格段に描く色数が増えますし、音場の周辺情報についてもかなり拾い上げてくれるようになります。
駆動力に関しては元々重い負荷でも問題なく駆動できる素養が有りましたが、DA-N5やCORUS/PSUを加えると更に余裕が出てきます。
しかしそれよりも大きいのは制動力の改善で、重い負荷の機種や扱いにくい機種で感じていた制動力不足がほぼ解消されます。
少なくとも、手持ちの音源でかなり厳しめのものを再生しても、制動力に不足を感じることは有りませんでした。
なお、HPPAモードにおいてもNutube駆動にすることが出来ますが、据置の上流に合わせた場合は余りにデメリットが目に付くようになる為、個人的にはトランジスタ駆動一択です。
全体的なレベルが劇的と言って良いほどに上がるので、Nutube駆動にすることで増える雑味や背景のざわつき等の瑕疵が非常に目立つようになります。
一方で情報量については上流のDACやプリで充分に供給されているので、トランジスタ駆動でも瑕疵らしい瑕疵を感じることはほぼ有りません。
HPAモードの際にも感じてはいましたが、HPPAモードだとNutube駆動は色付けの要素が強いとよりはっきり感じます。
そして、Nutubeの色付けあるいは特性によって良い方向に変化した部分が、HPPAモード+据置の上流だと純粋な基礎性能の向上によりトランジスタ駆動でも殆ど解消されるので、Nutube駆動にする意義がほぼ無くなる感じです。
HPPAモードは総合的に見て極めてレベルが高く、また上流の性能にかなり追従するタイプの為、システムのレベルが上がるほど真価を発揮します。特に、ある程度のレベルのプリを合わせると化けるのではと感じました。
これは据置に混じってですらかなりのレベルの高さで、過去所有した事のある機種だとDA-N5 + Eleven Audio Formula Sですら太刀打ちするのはかなり厳しいです。
惜しむらくは、この性能の高さを生かせる場面が極めて限られるという事でしょうか。
HPAモードとHPPAモードの音質差から、ボトルネックはHPAモードとしてのプリアンプ部にあると考えられますが、それはN8 BBも同じ(むしろC9の方が総合的なレベルは高い)です。
そして、現在のDAPを作っている各メーカーの設計を見る限りは、他の最上位帯のDAPにおいてもほぼ同様だと思われます。
また、DAPにしろポータブルDACにしろ純粋なプリ出力が出来る機種は無いに等しく、POをプリ代わりにせざるを得ません。
これらの事を鑑みると、現状においてはC9のHPPAモードを存分に生かせる性能を持ったポータブルの上流は無く、かと言ってそのレベルの据置の上流を持っているのならばHPAもそれなりのレベルの据置機種を持っている可能性が高く、態々ポータブル機を代替で使う必要が無いというジレンマです。
但しこれはあくまで現状の話で、将来DAPの性能が向上していけば、C9のHPPAモードについていける機種もいずれ現れて来るでしょう。
そういう意味では、もう少し時間が経ってから再評価される可能性がある機種でもあると感じます。まあ、現状でも十分に高い評価はされているとは思いますが。
先日C9iiが発表されおそらく様々な改良が施されている事と思いますが、プリアンプ部が改善されていると良いなと思います。
私としてはそこまでポータブル環境をそこまで詰める気は無かったのですが、C9のHPPAモードのレベルの高さを感じ、もう少し頑張ってみようかなと思いました。
とは言え、ここから先はかなり実験的な要素が強くなると思うので、少しずつ余裕がある時にやっていく感じになるとは思いますが。