Cayin N8 Brass Black 音質レビュー

 今回はCayin社の一世代前のフラッグシップであるN8 Brass Blackの音質レビューを行います。

 この機種は3.5mmアンバランスにトランジスタ真空管(Nutube)出力、そして4.4mmのバランス出力(トランジスタのみ)があります。
 これらのそれぞれの出力で特性がかなり違い、またゲインのLow、Mid、Highでも単に出力が大きくなるだけでは無く特性も結構変わる上、それぞれの出力で変化の仕方が異なります。
 その為に、共通する音質の特徴を最初に書き、そこから別々に音の傾向とゲインの設定による変化の仕方を記述します。
 なお、これに加えてデジタルフィルタの種類も6種類あるのですが、そちらも含めると組み合わせの数が膨大になるのでShort Delay Slow固定で聴いています。
 一応少し試しましたが、デジタルフィルタでの変化は上記に比べればそこまで大きくないので、あくまで微調整に使う位の感覚で良いと思います。
 他の主な設定は、wifibluetoothはoff、音源は内蔵メモリ保存ローカル再生辺りが音質に関わりそうな所でしょうか。
 試聴に用いたイヤホンはfinalの糸竹管弦、ケーブルはnideon NMC-100(2.5mm4極プラグ)、2.5mm→3.5mm変換プラグがddhifi製、2.5mm→4.4mm変換プラグはN8 Brass Black附属のCayin製の物を使用しています。

【共通の特性】
 音の分離や空間の広さよりも、音色表現やダイナミクスに重点を置いた音作りだと感じます。
 私がこれまで購入もしくは試聴した機器で概ね50万円位までの機器は、据置を含めても音の分離や横方向の音場の広さを重視する傾向にあると感じています。
 恐らくその方が分かりやすく高性能感を味わえるからなのだと思いますが、それ故に微細領域の情報が犠牲になっていることが多く、特に音色や音と音の間の空間情報は芳しくない事が多いです。
 ですがN8 Brass Blackはその辺りをなるべく犠牲にしない様にしていると感じ、このクラスとしては珍しい位に音色がちゃんと出ます。
 また、音と音の間の空間もしっかり描写できているとまでは行きませんが、何もなくて断絶しているような事にはなっておらず、やはりかなり頑張っていると思います。
 その分音の分離能力に関しては優れているとは言えませんが、それでも悪いという程ではありませんし、音場も横方向はそこまで広くはありませんが、奥行きもそれなりにあってバランスが良く自然な音場だと感じます。
 全体のバランスを見てもかなり上手くまとめられており、Cayinの音作りの巧みさを感じるところです。
 とは言え、音色については脚色を感じない訳では無く、ウォーム傾向に振れる、高域をやや煌びやかにする等の傾向は見られますが、脚色により音色を作っているとまでは行きません。
 素で音色を描写する力を持った上でそこに脚色が乗る感じなので、一辺倒な描写になる訳では無くちゃんと楽曲に追随してくれます。
 ここからは各出力ごとに個別で見ていきます。

1.3.5mm出力 トランジスタ
 私が情報収集をしていた際に最も情報が少なく、また多くの人にスルーされがちであろう出力ですが、個人的にはこれの出来が白眉だと感じます。
 全出力の中で最もニュートラルで自然であり、音場は広いとは言えない物のバランスが良く、左右もきちんと繋がっています。
 音色に関しては共通の特徴で書いた通りちゃんと出ますし、音の輪郭もあまり強くなく好印象。
 音数が増えるとやや音の分離で苦しさが見えることもありますが、私が試した範囲では破綻する(見えなくなる)ところまで行く事はなかったので、かなり頑張っていると思います。
 ゲインに関しては、Lowだと音がソフトになり過ぎるきらいがあり、また低域に関して実体感が薄れ、量も少なくなります(糸竹管弦に対する駆動力不足の可能性もあり)。
 Midにするとその辺りがぐっと改善され、低域の量もしっかりと確保され実体感についても問題が無くなります。
 Highにすると更にダイナミクスが改善されまた全体的に余裕も出るように感じますが、Midとの差はそこまで大きくないです。
 基本的にMidもしくはHighでの運用が好ましいと感じますが、低域が出過ぎる様なイヤホンだとLowを試してみるのも有りなのかもしれません。
 個人的にはHighの音が好みです。

2.3.5mm出力 真空管(Nutube)出力
 最も音色の描写に優れており、また音の輪郭も最も自然、ボーカルの抑揚などの細かいダイナミクスやニュアンスの変化も一番上手く表現できていると感じます。
 ですが明確な弱点もあり、それは全出力の中で一番雑味が多い事です。
 その為に、音数が少し増えるだけで一気に全体が騒がしくなり、結構簡単に破綻に向かいます。
 楽器のソロもしくはデュオ演奏、ピアノやギターの弾き語りなどでは非常に素晴らしい表現をしてくれますが、一般的なJ-popでも少し複雑な構成になるだけでかなり厳しいです。
 向き不向きがはっきり出るので使いどころは限られますが、その分嵌った時は非常に強力ですので、積極的に使いどころを探したくなる出力です。
 ゲインについてはLowだと基本的な傾向は一緒ですが、他と比してそこまで強く特徴は出ません(その分破綻しにくいとも言える)。
 Midにすると一気に強く特徴が出るために、使い分けと言う意味ではこちらの方が好ましいと感じるところ。ですが、人によってはちょっとやり過ぎだと感じるかもしれません。
 また、楽曲によっては高域の脚色が悪目立ちする事もあり、条件に合致してそうな曲でも相性問題が出ることもしばしばあります。個人的には、LowとMidの中間位の塩梅の設定が欲しかったです。
 Highは余りに雑味が増えすぎると感じ、私が試した範囲では大抵の曲で破綻していると感じるレベルなので、正直言って使いどころは難しいと思います。
 糸竹管弦はイヤホンとしては能率はかなり低い方で、ヘッドホンのUtopiaとほぼ同じです。
 それでもHighではこんな感じなので、もしかしたら低能率のヘッドホンだとワンチャンあるかもしれませんが、ポータブルという範囲では使う事は少ないのかなと思います。

3.4.4mm出力 バランス(トランジスタのみ、Nutubeは不可)
 一応全出力の中でトータルの性能を見れば最も高いのでしょうが、じゃあ一番良い音なのかと問われれば悩む出力です。
 確かに全体的に最も余裕があり、周波数的なレンジ感も広く、音の分離も良く、音場も広く感じます。
 ですが音の輪郭が強めでやや不自然であり、エッジも鋭くサ行や「ち」や「つ」の音が刺さりやすく、左右の音場の繋がりが悪く形も不自然で、全体的な纏まりに欠いているように感じます。
 個人的には特に音場の左右のつながりの悪さが結構致命的で、大抵の場合違和感を感じてしまいます。
 もっとも、上記に挙げたような違和感を解消するためには、据置ですら上流だけでは対処できず、ヘッドホンやケーブルを含めてトータルで詰めないと無理です。
 なので、これはN8 Brass Blackだけの瑕疵という訳では無い(そう言うのは余りに可哀想)ですが、3.5mmの両出力の音作りの良さがあるだけに、もう少し何とかならなかったのかと思ってしまいます。
 この辺りについてはケーブルを詰めれば多少は改善できそうですが、完全な対処は正直厳しいだろうと予想しています。
 ゲインについては、Lowが最も違和感が小さく抑えられているために、個人的には使うとすればLow一択です。
 Mid、Highになるにつれ上記の違和感がより際立つ方向性、特に音の輪郭が強く鋭くなり、サ行等が刺さりやすくなっていくと感じます。
 その分音の分離能力などは上がったように感じますが、それ以上に違和感が強まる事のデメリットが大きいと思います。

 

【まとめ】
 総じていうと、発売当時の定価で約44万円と非常に高額だったDAPですが、十分に値段に見合うだけの音質は持ち合わせた機種だと言えると思います。
 音質の傾向としては、上記の通りこの価格帯では据置まで含めても中々見ない特徴があり、特に音色を重視する人にとっては貴重な選択肢の一つになるでしょう。
 但し、今回はポータブル機という事で出力の大きさ、駆動力については特に検証していませんが、据置機としても使う事を視野に入れるとそこがネックになる可能性は高いので確認は必須です。
 以上、参考になれば幸いです。