2024東京遠征記② イヤホン試聴編

 先日のDAP編に続き、ポータブル界隈の現況を確認するという意味でイヤホンのハイエンドラインを試聴してきました。使用したDAPはCayin N8 Brass Blackです。
 試聴場所は先日と同じくeイヤ秋葉原で、DAPと記事は分けてますが同日に連続で試聴しています。
 最初に警告しておきますが、恐らく一般的に見て非常に辛辣なレビューが並びます。ですが、嘘にならない範囲でなるべく穏当な表現になるよう苦心してこれなので、私としてはこれ以上オブラートに包みようがありません。
 そういったレビューを読むのが嫌だという方は、この時点でブラウザバック推奨です。

1.Acoustune SHO-笙- 

 ハイエンドラインとは別に、1DDで評価の高い機種ということで試聴。私が糸竹管弦を購入した際に、候補の一つでもあったので気になっていたというのもあります。
 基本的にはくっきりはっきり系の音ですが、微細領域の情報があまり出ていません。音と音の間の空間情報はかなり厳しいですし、音色の描き分けもあまり良くありません。
 音の定位、分離、空間の広さはまずまずといった所。周波数的なレンジ感も伸びきるという程ではありませんが、価格を考えれば悪くはないです。
 問題に感じるのは全体的に金属的な響きが乗る事で、これがニュートラルである事を阻害しむしろ癖がある音だと感じる要因になっています。これさえなければ、価格を考えればそこまで悪くない選択肢だったと思うのですが……
 チャンバー交換で何とかという手段もありますが少なくない追加出費が必要で、SHOの音作りや構造を考えると改善されるかどうかはギャンブルに近いと感じ、下手をすると泥沼にもなりかねないので難しい所です。
 他には、装着感があまり良くなく、かつ金属が直接触れる為かひんやり感を強く感じました。
 そういった点も含めて、全体的に煮詰めきれてない感を結構感じました。

2.Empire Ears RAVEN

 まず一聴して全体的に音色がおかしいです。どこがどうとかでは無く、とにかくどの楽器もほぼ満遍なく変で、あまりに違和感が凄かったです。
 定位も色々おかしく、本来あるべきところに音が定位しないことが多いです。
 音の序列も変というか、主従関係がおかしくなることが結構あります。いや、何でその音がそんなに主張してるの?という。
 とにかく聴いていて違和感しか感じない音です。これは比喩でも何でも無く、まともに鳴っている部分を探すのが難しいと感じたレベル。
 もし私が普通に購入してこの音だったら、初期不良で返品するか真剣に悩むかもしれないと思う程、違和感の塊でした。

3.Noble Audio Ronin

 先述のRAVENと比べれば違和感は大分少なかったですが、それは比較対象がおかしいだけで、これも一般的な観点から見れば違和感は少なくないです。
 まず、音の焦点が合っておらずぼやけていて、これだけ多ドラを作り続けている会社の、しかもフラッグシップでこんな事態になっている事に衝撃を受けました。
 多分ドライバを多くする際に一番最初に直面するであろう問題で、何よりもまずこれの解消からスタートするのでは?という。それとも、増やし過ぎた結果どうにもならなかったのでしょうか。
 他には、これも音の序列が変になることがあります。
 更に細かく聴いて行くと、帯域毎というかドライバ種類毎の時間軸精度がバラバラなのか、音の速度感が揃っていません。
 また、ギターのカッティングノイズとか、ボーカルのブレスノイズとか、そこだけ拾わんで良いからという部分をやたら拾うことがあります。高解像度ってのはそういうことじゃねえよと言いたくなる音です。
 音の芯や周辺部の情報をそこまで拾えてないのに、そこに付随する更に細かい音だけ拾われても耳障りなだけです。

4.Noble Audio Viking Ragnar Damascus

 リバーブでもかけたの?というくらい響きが過剰でコントロールできていません。
 多ドラの音の重なりの処理が雑なのか、ピントも全然合ってないですし濁りも感じます。音像も肥大気味でこれも違和感の元。
 音の序列も変になる事が多いですし、それぞれの帯域ごとの速度感も揃っていません。
 とにかくこれも全体的にちぐはぐというか違和感しかなく、全く良さが分かりませんでした。

5.Kinera Imperial Loki

 この日聴いた多ドラの中では一番違和感が小さかったです。
 音場は広く定位も悪くありませんし、分離能力も割とあります。ピントもある程度合っていますし、濁りもほぼ感じません。周波数的なレンジ感もそこそこ伸びる感じはありました。
 しかし、微細領域の情報がバッサリ出ていません。その為音と音の間の情報が壊滅的で、広い音場が徒となってスカスカに感じます。
 各種音色の表現もかなり厳しいですが、描き分ける色が少ないだけで変質している訳ではありません。
 また、この日聴いた他の機種ほどではありませんが、時々変な音を強く拾うことがあります。
 全体的に見ればまだ頑張ってバランスを取る努力はしていると感じますが、これも帯域毎の時間軸精度の不揃い感があります。
 また、ちゃんと聴き込むと帯域ごとに音の質感が違って聴こえます。これは多種のドライバを積む特性上仕方ないのかもしれませんが、やはり違和感は感じます。
 なお、他機種で音の質感の違いについて触れていないのは、そこに踏み込むまで深く聴く気にならなかったからなので、多分この機種だけの問題では無いと思います。
 言い換えれば、他の機種はそれ以前の問題が大きすぎるということでもあります。

6.Rhapsodio Infinity Ultra

 全ての音が満遍なく主張してくるうえ、音のエッジも強めでとにかくうるさいという感想しか持てませんでした。
 音の調整を行ったかどうかすら疑問に持つほど、バランスが取れていないと言わざるを得ません。
 個人的には、音が飽和して破綻していると感じるレベルです。これは、音量の調整でどうにかなるような代物ではありませんでした。
 この機種は最後だった為疲れていた事もあるでしょうが、長い時間聴きたくなくて短めで試聴を終えてしまいました。
 それでも最低限の音の分離はあったように思うので、そう考えればある意味性能は悪くないのかもしれません。
 とにかく、苦手や違和感を通り越してこれは無理と感じるレベルの音だったので、ネガティブな部分だけを聴いて終わった可能性はあります。
 その為、この機種のレビューについては話半分程度に流して下さい。

7.総括

 この日の試聴はDAPを聴いた後にイヤホンに移っているのですが、特に後半のイヤホン群において苦手な音の連続で、あまりに疲労の蓄積が多く早めに切り上げました。
 出来ればあと少し粘って、もっと下の価格帯まで確認したかったのですが。
 とりあえず、今日聴いてつくづく感じたことは、どうやら私はBAを中心とする多ドラ、特にハイブリッドは致命的に苦手のようであるという事です。
 ここまで違和感ばかり感じる経験は初めてで、何か機器側の不備があるのかとか、装着がまずいのではないかと何度も確認しながらの試聴になりました。

 ですが、仮に私の好みに合わなかった部分もあったにせよ、そもそもオーディオにおける定石を置き去りにしていると感じる部分も多いです。
 個性というのはどの世界もそうですが、その対象のレベルが上がるほど、大量の定石を身に付けてそれでも滲み出る他者との違いを指すものです。単に他者と違っていればそれだけでいいというのは、少なくとも競争が発生する世界では普通はすぐに見向きもされなくなります。
 しかし、今回のイヤホンのハイエンドラインを聞いて感じたのは、そんな事どこ吹く風で、単に極端な音や目立つ音を出しているだけでは?という疑念です。
 以前に、オーディオはハイエンド程個性が強いというポストを見かけて、ハイエンドになるほど基本的に万能を目指すので、個性が目立つように見えても一定のバランスは持っているという内容の記事を書いたことが有ります。
 それはヘッドホンでも、HPAでも、DACでもそうですし、TIASで確認した限りスピーカーも原則そうなっています。
 ですが、もしその方がイヤホンのハイエンドの世界しか知らなかったのならば、そう感じてしまうのもやむを得ないかもしれないと思いました。
 もっとも、私はこの特徴を個性とは呼びたくありませんが。

 私はこの状態は非常にまずいと思っていて、何故かと言えば今後の製品で徐々に進化していく見込みが持てないからです。
 基本的にどんな分野であれ、何かを良くしていこうと思えば、大抵の場合華々しい取り組みやスクラップアンドビルドでは無く、地道な改善の積み重ねが重要で取り組みの大半を占めるものです。
 そして最終的には、難しい技術や複雑な応用力などでは無く、基礎技術のレベル差が彼我の差を決める大きな要因になって行きます。
 ですけど、今のハイエンドラインのイヤホン製品を聞く限り、進化するための基礎となるはずの部分がかなり蔑ろにされていて、単に他よりも目立つ事しか考えてないように感じるのです。
 例え何か変化があったとしても、極端な製品が次は別の極端な製品に変わるだけで、同じところをぐるぐる回るだけになる可能性が非常に高いのではないかと思ってしまいます。
 出来ればもっと真面目に音作りをする会社もしくは製品が出てきて欲しいのですが、今の状態が支持されている限りちょっと難しいかもしれません。
 何せこの極端さに慣れてしまうと、定石を押さえた音は凄く大人しい音に聴こえる可能性が高く、注目されず売れないという事になりかねないからです。

 あと、これは音質とは関係ない部分ですが、どの機種も装着感何それおいしいのってレベルで、とにかくどれもこれも大きすぎると感じました。
 私としては所有の糸竹管弦が耳にフィットするにはギリギリと感じる大きさで、これを超えるともう耳に収まるという感じではなくなります。
 ですが今日聴いた機種は、どれも一回りどころかどう見ても二回り以上大きく、耳に異物が刺さっている感が半端ではありませんでした。

 ポータブルの製品群に関して、据置とは別の世界として発展していると感じていて、それなりに期待していただけに、特にイヤホン類に関してはかなり残念な結果となりました。
 DAPに関しては基本的に多くは真っ当な製品づくりをしていると感じますが、現状「ポータブル機としては」というエクスキューズを外せる素養を持った機種は無かったです。
 イヤホンに関しては、どのラインからこの極端さが始まるか分からず、またお金をかけても全く良い結果が得られない可能性が大いにある為、あまりに魔境過ぎて怖くて投資できません。
 ですので、ひとまずポータブル関連の探求はここで終わりで、後は今後のイベントや試聴等で時折確認する程度になるでしょう。
 糸竹管弦についてはケーブルを詰めるのをもう少し頑張りますが、同じくeイヤでケーブルも少し試聴した感じでは既製品では無理そうなので、自作で何とかする方向ですかね。一応、以前記事にしたBispaの渚はその内試そうと思っていますが。
 今回のeイヤでの試聴はひとまずこんなところです。