ヘッドホンレビュー Crosszone CZ-1

 Crosszone CZ-1は独自技術により頭内定位の問題を解決したと謳うヘッドホンです。

 詳しい技術概要は公式を参照していただくとして、ざっくりと説明をすればクロスフィード再生の原理をアコースティック的に実現しているという事の様です。
 その為に左右のハウジング内に反対チャンネル音の再生用ドライバーが搭載されおり、信号も左右両方の信号がLにもRにも送られているようです。
 また、低域再生用と高域再生用のドライバーも分かれて2WAY再生となっており、片側で計3つのドライバー(反対チャンネル用はフルレンジなので一つ)が使用されています。
 CZ-1は、手持ちの環境でテストしたところ色々と特殊で、通常の機種では起こらない現象が見られるケースが多々あります。
 その為に、基本的な評価は上手く再生できている際の音質を評価し、最後に特有の問題点としてまとめたいと思います。
 試した再生環境は、

・PC > Lumin S1(LAN接続) > Lavry DA-N5 > Jeff Rowland CORUS/PSU > MSB PremierHPA
・PC > Lumin S1(LAN接続) > Lavry DA-N5 > AudioValve Solaris
・PC > Lumin S1(LAN接続) > Lavry DA-N5 (Variable Out) > Cayin C9(ピュアパワーアンプモード)
・Cayin N8 Brass Black(バランス)直結

 であり、下記レビューの主部分は二番目のAudioValve Solarisで再生した際の物です。 


【帯域バランス】
 帯域バランスはやや低域寄りです。最低域へはしっかりと伸びていますが、高域の量が少ないですし伸びも良くありません。
 高域を鳴らすのにはそれなりに駆動力が必要で、ちゃんと駆動出来た時でも多くは有りませんが、駆動力不足だと更に高域の量感が減ります。
 また、PremierHPAで再生した際にも高域に不足を感じたのですが、これは駆動力不足では無く別の要因が関与している様です(後の問題点の項目で詳述します)。
 更に、音色の描写の項目で後述しますが、高域の一部帯域にディップが存在しているように感じられます。

【音場】
 公式的には本ヘッドホンの最も売りとなる項目ですが、実はそこまで音場関連の能力は高くありません。
 確かにメーカーが謳うようにある程度前方定位はしてくれますが、あくまでヘッドホンとしてはという話であり、間違ってもスピーカーと錯覚する様なというレベルでは有りません。
 何なら、ヘッドホンの中においてすら抜きん出ている訳では無く、他社のフラッグシップクラスである程度俯瞰的に描写出来る機種なら、ほぼ同レベルの機種も存在します。
 左右に関しては明確に狭く、明らかにハウジングの内側に定位するために、この項目に敏感な人ならむしろ頭内定位が気になってもおかしくありません。
 上下は特に気になりませんが広くは無いです。
 奥行きは前方定位するのでぱっと聴きは有るように聴こえるのですが、ちゃんと聴くとそこまで優れている訳では無く、音の前後感は同価格帯ならまあ平均的といった所でしょう。あまり奥行きに優れていない音場が、丸ごと前方に移動しただけとも言えます。
 定位もあまり優れている訳では無く、また後述するように問題が発生する場合もあります。
 確かにメーカーのチャレンジする姿勢は買うものの、トータルで見れば同価格帯ですすら音場の能力はさして高くは無いと感じます。

【分解能】
 音の分離能力についてはそこそこ高く、また分離をよくするために情報を削ったり輪郭強調したりといった事はないので、その点は評価できます。
 但し、流し込まれる情報量が増え過ぎると捌き切れず飽和するので、あくまで価格帯を考えれば優れているといった所。Focal Utopiaの様な無差別級でトップレベルの機種みたいに、どれだけ情報量を突っ込んでも平気で捌くような卓越した能力という訳ではありません。
 情報量に関してはそこそこありますが、微細領域の情報はかなり厳しいです。また、高域部分に関しては全般的に情報量が不足していると感じることが多いです。
 ですが、総じて分解能は価格なりからやや良い程度はあると言って良いでしょう。

【音色の描写】
 低域はそれなりに量感がありますししっかりと伸びています。ブーミーになったりすることは無く、かと言って過剰に締まっていることも無く、非常に自然な描写だと言えます。
 質感も良く、音色の描き分けもそれなりに出来る点は立派です。
 中域は特にへこんだりすることも無いですが、音色の描写はやや描く色数が不足している感は有ります。ですが、価格を考えると充分頑張っていると言って良いでしょう。
 問題は高域で、まず全体的に量感も情報量も不足しています。
 特に一部の帯域にディップがあるようで、これがもろに影響するのがドラムスのシンバルやハイハットです。一聴して分かる位にくすんだ質感になっており、明らかに鮮やかさが足りません。
 トライアングル、タンバリンに使われているシンバル、ウインドベル等の音はそこまで問題にはなりません。
 全体的に太めの音像で、その点はやや好みが別れると感じます。
 総じて見れば音色の描写の能力はそこまで悪くないと言えるかもしれませんが、帯域毎に得意と不得意の差が大きく、特に高域では不満を覚えることが多いです。

【ビルドクオリティとか】
 全体的に非常に丁寧な造りで、価格も含めて考えれば手放しで褒められるます。形状こそやや特殊ですが、非常に高いクオリティを持った製品だと言えます。

【CZ-1特有の問題点】
 本ヘッドホンの最大の特徴は、左右ハウジング内に逆チャンネルの再生用ドライバを持っているという事です。
 確かにそれが上手く作用しているケースではメーカーの謳うような効果が得られるのかもしれませんが、現実は理想とは遠く、問題の発生するケースも散見されます。
 特にMSB PremierHPAで再生した際はそれが顕著で、音源によっては定位が安定しない、特定の音像のレベルが不自然に変動する(変動幅は大きくは無い)、特定の音が極めて不自然になる、残響が不自然になる、音像が明らかにぼやけるなどの症状が発生します。
 このような症状が発生する音源を事前に特定するのは困難ですが、傾向としては打ち込み主体の音源に多く、また録音があまり良くないと言える音源で発生しやすいとは感じます。
 この問題の解決策としては再生環境の情報量を減らすことが有効の様で、HPAをAudioValve SolarisやCayin C9(ピュアパワーアンプモード)にすると発生頻度をかなり抑えられます。
 とは言え頻度が減るだけで無くせる訳では無ですし、仕組み上完全な解決は難しいのではないかと考えられます。
 CZ-1がドライバ内でやっている事を考えれば、とにかく位相関連や音場の周辺情報を始めとした、微細領域の情報量を必要以上に盛り過ぎない事が重要なのではないかと推測しています。
 不自然になる音がエレキギターのコーラスのエフェクトをかけた音源や、他にはリバーブが強めの音源だったりする事が多いので、特に位相周りは問題が発生する可能性が高いと言えそうです。
 個人的には、逆チャンネル再生音が過剰に干渉しているか少なくともコントロール不能になり、悪影響を発生させる事が要因のように感じます。
 また、再生側の能力を上げて行った際に、低域~中域の改善幅と、高域の改善幅に差が出ることも問題です。
 これまたPremierHPAで再生した時に顕著なのですが、低域や中域で増える情報量に対して高域の情報量の改善幅が見合っていません。
 更に逆チャンネル再生ドライバの関与も合わせて情報を捌ききれなくなり飽和してしまい、結果として中域や低域が高域をマスクし不足していると感じるようです。
 こちらの問題の対策も、現状では再生側の性能(情報量)を抑えるという非常に消極的な方法しかなく、これはCZ-1の明確な瑕疵と言えるでしょう。


【総評】
 低域周りの再生能力や前方定位の能力は、同価格帯ではかなり上位の能力と言っても良く、そこは褒められる点です。
 ですが、最も売りの一つである前方定位ですら特にヘッドホンの範疇を出るものでは無く、それと引き換えに発生している問題点の方が明らかに多いように感じます。
 特にどの音源で破綻するか分からない点は結構ストレスになりますし、再生環境の性能を上げることが解決策にはならない、むしろ一定以上になると逆に徒となるのは大きな問題点と言えると思います。
 総じてみれば実験機的な色合いが非常に強いと感じますし、かと言ってやっている事はともかくとして、音に限って言えばこのヘッドホンでなければという唯一無二性がある訳でもありません。
 ケーブルもヘッドホン側端子が3.5mm TRRS両出し(両チャンネルの信号を左右両方に届けないといけない為)とサードパーティ製はまず望めず、メーカー純正を買うか自作しかありません。
 CZ-1のピーキーさを考えれば、そもそも純正以外のケーブルを使う事が良い方向に働くかは微妙だとは思いますが。
 とにかく色々と特殊なヘッドホンなので、これをメイン使いにするというのはお勧めできません。
 あくまでサブの一つとして特殊枠として所有するならば、購入価格によってはまあありかな、という所が正直な感想です。