ネガティブフィードバック(NFB)と科学的な態度について考える(後編)

4.科学的と称する態度への疑問とまとめ
 どことは明言しませんが、「科学的な検証」を掲げて活動している人たちを見ていると、何だかなあという気分にさせられる事が多いです。
 その中での最近のトレンドは、高い特性を出すためにNFBを大量にかけた製品群のようです。
 また、高価格ながらそれらに特性が劣る製品を批評、人によっては蔑視しているようにすら見受けられます。
 確かに現状においては、周波数特性、歪率、SN比、ノイズ量などが主に科学的に測定できる項目でしょう。
 ですが、現在測定できる項目が音の全てを表しているかというと、そうではないはずです。
 音響関連に限らず、現在の科学はこの世の全てを解き明かしたわけではなく、むしろそんな領域は遥か彼方にあり、まだまだ未知の領域が多く残されています。

 

 もちろん、現在の科学において判明していることを軽視すべきではありません。
 数値として表せる諸特性は悪いより良い方がいいですし、特性が悪くても良い音の機器が存在することがあったとしても、そのことが特性を無視していい事に繋がるわけでもありません。
 ですが、現在において測定できる要素が全てだと考え、現実をそこに押し込めるのもまた違うだろう、と私は考えています。
 これは私が競技スポーツをしていたことも関係していると思うのですが、スポーツにおいては「現実に起こっていることが何よりも優先される」のです。
 たとえそれがどんなに非科学的に見えても、現実に起こっている以上否定するわけには行かない。
 むしろ、そんな事象を今ある知見だけで非科学的だと決めつけることこそ、科学的な態度ではないのです。
 科学とはあくまで、この世界の仕組みを解き明かす為の手段なのですから。

 

 人の感覚は曖昧で、確かに部分的には機械に劣る、それも圧倒的に劣る能力もあるでしょう。
 しかし、時に人の感覚は機械ではとらえられない事象を感知する、あるいは更に鋭敏な能力を発揮することもあるのです。
 別の分野で例を挙げると、精密定盤の加工の世界においては、平面度10マイクロメートル未満の精度は、人の手で加工するしかないと言われているそうです(結構前の話なので、現在はちょっと分かりませんが)。
 これは、機械が加工するために対象物をクランプで固定するときに、その固定するためにかかる力による変形の方が求められる精度より大きくなってしまうので、どうしようもないそうです。
 また、超精密な直角の基準として使用される4直角マスターというものがありますが、これの最も高い精度のものは人の手によるラップ研磨で仕上げられています。
 機械で加工しようとすると、機械が発する熱により対象物が膨張する大きさの方が、求める精度より大きくなるからだそうです。
 今あげたことは非常に極まった世界の話ではありますが、そんな馬鹿なと思うようなレベルの精度を、実際に人の手で叩き出している領域は想像以上に多くあります。

 

 オーディオという世界にもはや未知は残っておらず、「正しいたった一つの解」が定まっているのならば、ただひたすらに今ある知見によって科学的に判断すればよいでしょう。
 ですが、少なくとも現状において、数学における方程式の解の公式のような、ただ一つに定まる答えにたどり着いた人はいません。そもそも、そういったただ一つの解に定まるような領域なのかも厳密には不明のはずです。
 だからこそ、私たちは可能な限り科学的あろうとしながらも、現実に起きている非科学的なことを頭ごなしに否定するべきではありません。
 人が機械にも判別できない違いを知覚したとして、それを全て「あり得ない」として否定することは、人を馬鹿にし過ぎです(まあ大半においては勘違いなのも事実でしょうけど)。
 限られた知見のみで現実を規定しそれ以外を否定することは、全く科学的な態度ではありません。私にはそれは、目的と手段が入れ替わってしまっている様にしか見えません。
 個人的には、そういった人たちの思考や態度が根ざすものは、科学ではなくイデオロギーであるととらえています。

 

 現状における私の見解は以上のようなものです。
 少なくとも、現在主に使われる諸特性を追及することは大事ですが、なりふり構わずそれだけを求めると、どうも上手く行かない現実がありそうだ、というのが実感ですね。
 現実に出てくる音とバランスを取りながら諸特性を改善することが必須であり、その為にはどうしても避けられないコストがあるというのが実際の所なのでしょう。
 科学において何事にも懐疑的であることは大事ですが、否定的になることは危うさがあります。
 それに、科学的であることが大事といっても、そもそもその科学自体にまだ未知の領域が膨大に残されているということは、忘れずにいたいものです。