【ヘッドホンレビュー】 Hifiman HE-R9

 

 少し前にX(旧twitter)でも簡単なファーストインプレを書きましたが、概ね初期エージングを終えたと判断しましたのでレビューを書きます。
 この機種は本レビューとは別に後日改めて記事にしますが、初期エージングを終えていない状態(約50時間程度)ではかなり不自然な音を鳴らしていました。
 軽く聴いた程度ではちょっと違和感がある程度だったのですが、実際に腰を据えて聴くと初期不良を疑ったレベルです。
 ですので通常は概ね50時間程度を目安にレビューを書くのですが、今回のレビューに関しては少なくとも100時間以上は鳴らし込んだ状態の音だと思ってください。
 なお、流石にこのタイミングで実使用で100時間は当然無理で、音楽を流しっぱなしにして放置していた時間が大半を占めます。
 再生環境は PC > Lumin S1(Lan接続、COAX OUT) > Lavry DA-N5 > Chord Indigo > MSB Premier HPAです。

 

【帯域バランス】
 帯域バランスはやや低域寄りです。低域の量感は有りますが最低域への伸びはあまり無く、沈み込むような低域でもありません。その為やや腰高、あるいは上ずって感じることもありますが、質そのものは悪くありません
 ですが、低域~中低域に妙な歪みでもあるのか、その帯域でソースによって音像が肥大することがあります(条件は不明)。
 そもそも全体的に音像自体が太め・大きめではあるのですが、特にブーミーになる訳では無く質感はあまり変わらないまま巨大化してしまうので、強い違和感を感じます。
 これはエージングによってかなり緩和されますが、完全に無くなることは有りませんでした。
 中域、高域の量は低域と比べれば若干控えめに感じますが、敢えて言えばという位でそこまでバランスが偏っているわけではありません。
 但し、最高域への伸びはあまり良くなく、抜けきる感じはありません。

【音場】
 音場は左右にはかなり広く、上下についてはやや広い位、奥行きや立体感については殆ど出ません。総じて平面的な鳴りをしていると言えます。
 密閉型特有のこもりや閉塞感を感じさせるようなことは無いですが、空間の端の壁を消し去るところまでは行っていません。
 とは言え、これについては最高峰の密閉型でも一部の機種しか達成できてない項目の為、HE-R9に求めるのは流石に酷でしょう。
 音像の定位は概ね明瞭です。
 音場については先に書いた通り概ね広いと言って良いのですが、空間そのものを描写できる能力は有りません。音と音の間の空間はただの空白です。
 また、左右の空間のつながりが悪く、人によっては一般的なソースでも違和感を感じるでしょう。Bill EvansのWalz for Debbyのように左右の偏りが強い音源だと、特に酷い事になります。

【分解能】
 音の分離については音数が少ない音源を聴いている限りは割と高く感じますが、ちゃんと聴き込むとそこまで高い物は持っていません。
 音数が増えて行くと早い段階で限界を迎え混濁し始め、バッキングの演奏や演出が複雑な場合追うのはかなり困難になります。
 微細領域の情報の拾い上げは不得意で、全体的にかなりあっさりした描写になります。
 総じて分解能は価格なりからやや悪い程度だと言っていいでしょう。

【音色の描写】
 低域はそれなりに量感があり、ブーミーになったりすることもありません。
 最低域への伸びが不足している事、やや腰高に聞こえることを除けば質そのものは悪くないです。但し、弾むような弾力のある質感になる事が多く、これはこれでとも思いますが忠実系の音作りではありません。
 また、帯域バランスの項目で書いたように音像が肥大するソースではかなり違和感が強くなる為、質そのものを論じる以前の話になります。
 中域は特にへこんだりすることも無いですが、細かい音色や表現、表情の描き分けは不得意です。
 これは中域に限らず全体を通しての特徴で、音色を描き分けることはどの領域でも苦手と言って良いでしょう。
 高域は鮮やかさ、煌びやかさは一応出ていますが、情報量の豊富さによるものでは無く色付けの音。
 その為にソースによって嵌る場合とそうで無い場合の差が大きく、やり過ぎに感じたり違和感を感じることもしばしば。
 またこの高域の色付けが原因だと思われますが、ピアノやバイオリンの高域が常に硬い質感しか出ません。
 バイオリンはよく見る表現としてはキーキー音と言うような音になりがちですし、ピアノのベロシティの変化による質感の変化にも追従出きず、ソフトに弾いている筈の音でもかなりの硬さを持って聞こえます。
 総じてやはり音色の描写は苦手で、特にアコースティックな楽器の表現はあまり期待しない方が良いと思います。
 ボーカルについてはそれなりにこなせますが、女性ボーカルで優しくソフトに歌うアーティスト(私の手持ち音源だとコトリンゴ空気公団等)の場合は、微細なニュアンスを表現できない為かなり淡泊に聞こえます。

【ビルドクオリティとか】
 塗装がしっかりしているのでぱっと見は高級感があるように見えますが、ほぼ全ての部分が樹脂で出来ていて実物は結構チープに感じます。
 スライダー、アーム、ハウジングのいずれも樹脂でかつ塗装されていない部分の質感はそこまで高くなく、実際はかなりプラスチッキー。
 もっともそれが328gという軽さにもつながっているので、功罪両面あるという感じでしょうか。
 ハウジングが樹脂の密閉型という事で気になる人もいると思いますが、再生時に触る限りは結構共振しているように思います(多分これも歪み感や色付けの要因の一つ)。
 装着感は側圧はやや強めで、頭頂部もそこまで出来は良くなく若干痛みを感じます。但しイヤーパッドの質はかなり良く、厚みもしっかりと確保されているので肌当りは良いです。
 総じて装着感は普通~やや良い程度に留まるでしょう(側圧強めが嫌いな人は悪いと感じるかも)。

【総評】
 全体的に素性の良さを感じる部分はあるのですが、詰めが甘く調整不足の感が有ります。
 ナチュラルとは離れた音で、先にも書いた通り音色の描写は価格を考慮してもかなり苦手な部類。
 色付けや歪みなど不自然さが目立つ部分も多く、特にアコースティックな楽器で気になる事が多いので、そっちが主体のインスト曲は厳しいでしょう。
 向いている曲としては打ち込み主体のポップスやロックなど。アコースティックな楽器も、あくまで伴奏の一部であればそこまで違和感は出ません。
 但し、ピアノの弾き語りのように個の楽器が強く前面に出る場合は、ボーカル物でも若干厳しい面が有ります。
 リケーブル可能(本体側3.5mm TRSフォン両出し)でバランス接続への変更は比較的容易です。但し製品に付属はしないので、自作するか既製品を別途購入する必要があります。
 もっとも、バランス接続に変更した場合若干音場が広がったり分離が良くなる等のメリットはあるものの、左右の分離が強まり違和感が大きくなるデメリットの方が強く感じるので、そこまで期待できるものでは無いと思った方が良いです。

 本製品は有線のみの製品の定価が85,800円、現在国内最安だと新品で約4万円程度です。
 個人的には定価であれば結構割高、国内最安価格だと選択肢の一つではあるがお勧めはしないという感じでしょうか。
 但し仮に選択するにしても万能性のある機種では無いために、使い分け前提として考えた方が無難です。
 なお、公式のオンラインショップでOpen Boxが99ドル(US and Canada Only)、良く開催されているセール品で109ドル(制限なし)等の捨て値で売られています。
 その影響か、Ali Expressでもショップを選べば送料込みで16,000円程度で売られており、その価格で買えるのであれば破格ではありますが、それでも万人にお勧めとは言い難いです。