ヘッドホンアンプのバランス駆動(BTL駆動)について考える

ヘッドホンアンプでもバランス駆動が割と増えてきて、最近では入門機レベルですら搭載している機種が増えています。 個人的にはこの風潮に懐疑的なので、自戒の意味も込めてバランス駆動について現在私の考えを述べてみたいと思います。なお、今回の話はあくまで据置型の話で、ポータブルの話は別に置きます(私自身が殆ど使用経験が無いため)。

 

1.バランス駆動はスピーカーのBTL駆動と同じ原理

ヘッドホンにおけるバランス駆動は、スピーカーでのBTL(ブリッジ)駆動と同じです。私は技術者では無いので詳細な説明は省きますが、主なメリットとして、

 

・必要な回路は2倍だが、出力は理論上4倍取れる(実質的には2倍程度かそれよりやや上程度)
S/N比が良くなる(出力4倍になるがノイズは2.8倍にしかならない為)
スルーレートが向上する

 

等が挙げられるようです。但し注意点として、

 

・電源部由来や外来ノイズは減らせるがアンプ部由来のノイズは増える(2.8倍)

・理論的(最大ボリューム時)にはS/N比は増えるが実用上(実用ボリューム域)ではむしろ悪化して聴こえる可能性がある

 

などが指摘されています。 また、上記のメリットは何もバランス駆動するだけが唯一解では無く、回路そのものの工夫によっても実現できるという事も忘れてはならないでしょう。

 

2.よくバランス駆動の方が音が良いというけれど……

バランス駆動、アンバランス駆動両方可能なアンプでバランス駆動の方が音が良い、だからバランス駆動の方が音が良いという論調を見ます。ですが、これは全く公平な議論ではありません。
何故なら、そのヘッドホンアンプに積まれているアンプ部4回路全てを使うバランス駆動と、そのうちの2回路しか使わないアンバランス駆動で音質差があるのは当たり前だからです(それで音が駄目なら救いようがありません)。
アンプ部を4回路使うという事は、その為のアンプ部のコスト、回路面積が倍になるという事です。実際には増えた回路の特性もきっちり揃えないといけませんから、部品の選別等で更にコストがかかるでしょう。
そこまでやって得られるBTL駆動のメリットを、その分のコストを回路そのものの見直し、採用部品の質の向上等に振り分けた場合とどちらが有効なのかを比較しないと、公平な比較ではありません。
ここから先は技術者の領域だと思うのですが、少なくとも私が調べた限りほとんどの場合は回路そのものの向上を目指したほうが、音質的なメリットは大きいようです。

 

3.安価なヘッドホンアンプのバランス駆動の注意点

最初でちらっと述べましたが、バランス駆動ではアンプ部由来のノイズは増えてしまいます。これは、安価なヘッドホンアンプのバランス駆動においてより顕著に害が出てくるでしょう。
安価な製品はどうしてもコスト的な制約が厳しく、それは単純に電子回路の部品にコストをかけられないだけではなく、シャーシのコストを削るために大型化できない=回路面積を大きく取れないという事にもなるからです。
そうなれば回路の工夫もし難く、その上に高品質な部品も使えないですし、当然部品の選別なんてできない訳ですから、アンプ部由来のノイズはより大きくなってしまうでしょう。 それらがバランス駆動で更に2.8倍になる訳ですから、その影響は非常に大きいと言わざるを得ません。

 

4.バランス駆動のメリットを見込むための条件

ここまで述べてきたことから総合して、私はバランス駆動のメリットを得るためには、それ以外に向上の余地が無い場合に限られると考えています。
つまり、回路を現状の持ちうる全ての知見を総動員して理想的な回路にし、採用部品もとことんこだわり、それでも更にやれることを探したときにはじめてバランス駆動を考えるべきだと思うのです。
個人的な感覚としては、各アンプの採用している部品やシャーシ等から判断して、据置型なら最低でも50万円を超えるクラスでないと意味がないのではないかと考えていますし、出来れば100万円を超える価格になってから検討してほしいというのが本音です。
まだまだ100万円を超えるような製品は少ないですけど、その位になればどのメーカーも本気度が違い、採用部品等にも1点集中では無く満遍なく隙が無くなるように感じるからです。
逆に10万円を切るような価格のヘッドホンアンプでは、バランス駆動を採用することはむしろ害が大きいのではないかとも考えています。

 

結論

 

長々と書いてきましたが、要約して結論を述べるなら、

 

「ヘッドホンにおいてはバランス駆動は全てを突き詰めたハイエンドの領域になって初めて意味が出てくる」

 

という事です。
これがライブ等に使用されるPAスピーカーやラインアレイスピーカー等であれば、出さなければならない音の大きさの関係上桁違いの出力が必要になるので、ひたすら出力を稼ぐために安価な製品であっても採用することは十分ありなのですけどね。
ですがそうでない領域の製品は、バランス駆動よりもアンプ回路そのものの見直しを図るという、正攻法で質的向上を狙って欲しいと思わずにはいられません。