ヘッドホンの音質的課題について

前回の続きです。


 ここからは、以前の内容を踏まえたうえでヘッドホンとスピーカーにそれぞれどのような能力が要求されるか、という点について考えます。但し、私自身経験値の差でどうしてもヘッドホンの方に内容が偏ります。
 スピーカーに関しては取り敢えず今感じている事を書きますが、まだまだ感じ取れてない部分が多いと予想されるので、その辺りはご了承ください。
 なお、ヘッドホンの内容については基本的に開放型を基準にしていると思ってください。
 そして、書いている内に非常に長くなったので、今回はヘッドホン編のみです。

 まず、ヘッドホンでオーディオを楽しむという事を考えると、何よりも最初に音の分離が重要だと考えています。
 以前にも述べたように、ヘッドホンにおいてはどれ程広い音場と言っても、かなり狭い空間の中で音がなります。その為に、一定以上の分離能力が無いと、各帯域が邪魔しあって鳴っている音がごちゃ混ぜになり、ただただ聴き疲れするだけの音になります。
 少なくとも、音源に含まれる楽器の音やボーカルの声が明確に認識できる程度には分離していることが、ヘッドホンでは極めて重要だと思っています。

 

 一定以上の分離能力を得た後は、やはり次は音場の広さ(上下左右)と定位が重要になって来るでしょう。
 もしかしたら、以前書いたヘッドホンの音場の記事を読んで、「ヘッドホンの音場が広くないんだったら、その中で差があるとしても大した差ではないのでは?」と思う人もいるかもしれません。
 ですが、確かに音源との距離感や音場の広さの絶対的な差としては小さいのですが、音源と近接する関係かその少しの違いが非常に大きな違いとなって現れます。
 ちなみにここで音場の広さに態々(上下左右)と付け加えているのは、奥行きを改善する事が非常に難しいからです。
 後述しますが、ここを改善したければシステム全体にかなりのレベルが求められるので、この段階ではあまり気にしない方が吉です。
 音場が上下や左右に広がるだけで一気に開放感が出てきますし、分離能力との相乗効果も期待できます(音と音が離れているとより分離して聴こえけやすい)。
 また、定位能力がある程度高くなると、各楽器の位置関係やボーカルの位置が安定し、また制作者の意図した配置がきちんと反映されるようになるので、音源がしっかり整理されて感じられるようになります。

 

 ヘッドホン自体が音像のクオリティ、つまり音色や細部の描写については強みがあるので、割と低価格~中低価格のクラスからでも、そこそこの質を持っている機種が増えます。
 ですので、基本的には分離能力と音場(上下左右)の問題を解決すれば、かなり満足度が高い音を鳴らせると思います。
 ですが、更にその先に踏み込みたいとなると、次に求められるのは音像のクオリティの更なる向上になるでしょう。
 ボーカルの感情表現、楽器の音色の差等、かなりの細部まで拾い上げられるようになると、音源の楽しみ方が一気に増えます。
 また、単に「録音音源が鳴っている」という状態から、実際に人が唄っている、楽器を演奏していると感じられるようにもなってきます。

 

 ここから先は正直感覚的なもので一般的な物かは分からないのですが、私が解決のハードルが高いと感じるヘッドホンの大きな課題と感じる物が更に二つあります。
 それは「音の輪郭」と「音場の奥行きと空間の表現」です。

 私はヘッドホンはかなり音に輪郭がつきやすいと感じており(特にダイナミック型で顕著)、これの解消はかなり難しく、またヘッドホン単体では成し遂げられずシステムとしてトータルの実力が求められると考えています。
 何故そう感じるのかは未だ推測でしかないのですが、理由の一つは音楽の製作過程にあるのでは無いか?と考えています。
 現代の音楽制作の中では、ほぼ100%DAWを使いミックスやマスタリングをしている筈です。
 そして、その際によくエンジニアの方のTipsの中に、「各要素を音源の中で埋もれさせない」為の処理をする話が出てきます。
 まあ、処理方法は色々あるのでしょうが、この音を埋もれさせないための処理が、ヘッドホンだと音源に近接する関係で気になりやすいのではないか?という仮説です。
 但し、機器側の性能で一応解消可能ではある事を考えると、それだけが理由では無く音源と機器を含めた総合的な要因だとは思いますが。
 音の輪郭を強調せずに、しかし分離能力はしっかり確保された状態で鳴らすというのはかなり難しく、場合によっては音色にも影響してくるのでかなり厄介です。
 音色への影響については特に関係しやすいのが、低域を担当する楽器や打楽器の表現だと感じています。基本的に、輪郭が弱い機種は低域の楽器や打楽器の迫力、厚み、質感等に苦手な機種が多いです。
 総じていえば、単純に輪郭の表現が自然なだけなら割と達成できている機種はあるんですが、それを維持したままその他の能力を落とさず、妥当性の高い表現をするのが難しいという事です。

 

 次に音場の奥行きと空間の描写についてですが、これもヘッドホン単体では無くシステムの総合力が問われます。
 そして、この二つはどうも関連する部分が多いようで、どちらかが優れていてもう一方が駄目という経験が無いのと、どちらも音場に関する能力であることからひとくくりにしています。
 奥行きの描写は感じ方に特に個人差があると思っていますが、私の感覚としてはシステムのレベルが一定以上に達するまでは殆ど改善されません。
 また、実力のある機種によって他の機種をカバーすることも難しく、一つでもボトルネックがあると他をどれだけレベルアップしても駄目、もしくは微改善に留まることが多いです。
 空間の描写については言葉にするのが難しいのですが、私の感覚としては、これが出来ているシステムだとまず先に音が鳴る空間が描写され、そこに音が配置されていると感じます。
 逆にこの描写が出来ていない状態だと、何もない空間に音が点在し、それによって疑似的に音場の空間を作り出しているという風に感じられ、その状態だと音と音の間に断絶感が生まれたり、音場に不連続面が生まれたりしてしまい、違和感が発生する要因になるように思います。
 これらについては、両者ともかなり微細な領域の情報量を拾い上げなければ達成しえない事が、システムの総合力、それも高い能力が要求される理由だと考えています。

 

 現在の所はこんな感じです。次回はスピーカーの方について書いていきます。